天然素材や日本の美意識を感じる「BAN INOUE (井上企画・幡)」の製品。奈良の伝統産業、職人たちの手仕事の技術をいかした上質なアイテムは、生活の豊かにしてくれます。最近では自社の中のサーキュラーエコノミー(循環経済)を確立しようと、アップサイクルを取り入れた新しい蚊帳の服も展開しています。今回は代表取締役の林田さんにお話をお伺いしました。

日本の伝統や技術をものづくりにいかす「井上企画・幡」

──本日はよろしくお願いします。早速ですが、「井上企画・幡」という会社について教えてください。

林田さん:弊社は主に麻と綿を使った天然繊維を扱う奈良のメーカーです。麻は手績み手織りの表情ある苧麻(読み:ちょま、ラミーのこと)や打ち込みのしっかりした亜麻(読み:あま、リネンのこと)を用いたカバンやテーブルウェアーを作っています。綿は奈良の地場産業の一つである「蚊帳(かや)」を作るための粗目の織物で着心地のよい洋服や吸水性速乾性をいかしたふきんやタオル類を製作しています。

「BAN INOUE (井上企画・幡)」代表取締役の林田さん

──1987年に林田さんのご両親が創業した会社とお聞きしています。創業当時はどういった製品を扱っていたんですか?

林田さん:創業当時は麻の暖簾や座布団などインテリア用品がメインで、百貨店やお土産さんでの取り扱いでした。現在は麻のバッグや蚊帳ふきんなどの雑貨が3分の2くらい、アパレルが3分の1くらいです。直営店もありますので、自社製品をなるべく多く展開していきたいと思っています。オリジナルのお菓子やカフェも運営しています。

麻の素材感や、職人の手仕事が光るデザイン豊富なバッグ(2024年2月のギフトショーにて)

──創業当時からずっと、麻など天然素材の製品を扱っているんですね。

林田さん:そうですね。麻と綿の素材にこだわって作っているというわけではないのですが、使っていて心地よいものをつくろうとしたときに天然繊維になってきます。化学繊維は縮みにくいとか機能的に優れているところもありますし、昔から個人的に好きなファッションブランドも天然繊維を使用しているとは限りません。綿でできた蚊帳生地は洗えば洗うほどにふんわりとやわらかくなりますし、それぞれの良さや魅力を知っているからこそ、自社の商品では天然素材を扱うように自然となっているのかなと思います。

──井上企画・幡さんの製品は色展開もとても豊富で、ディスプレイを見るとその豊かな彩りに圧倒されます。「紅(くれない)」や「丁子(ちょうじ)」など日本の色名を使っているのはどうしてでしょうか?

林田さん:もともと着物が好きなのですが、着物って時代や地域によっても色合いが違いますよね。江戸の着物と京都の着物でもそれぞれです。季節によっても色に意味を持たせて楽しんだりもします。井上企画・幡の蚊帳製品は日本の伝統産業をいかしたものですし、横文字でパープルと書いてあるよりも「紫」とか「藤」と書いてあった方がしっくりくると思うんです。「藤」と書いてあると、その色名から季節を感じる風景が想像できるのも風情があって素敵ですよね。

蚊帳生地でつくった娘の服が好評、しかし蚊帳の服を販売するまでは試行錯誤の連続

──井上企画・幡さんの蚊帳生地で作った「かやふきん」は20色のラインナップでスーパーデリバリーでも人気の商品です。もとは麻のインテリア製品を扱っていたとのことですが、いつ頃から蚊帳の製品をスタートされたんですか?

林田さん:2009年に蚊帳製品のふきんなどの雑貨の販売を始めました。

──蚊帳の服はその後すぐにスタートされたんですか?

林田さん:いえ、実は蚊帳の服の本格的な販売開始には約1年半かかりました。もともとは娘が小さいころに手元にあった蚊帳の生地を使って子供服を試しに作ってみたのが蚊帳の服の始まりでした。実際作ってみると、洗えば洗うほど柔らかくなりますし、綿素材なので汗も吸い取ってくれる、しかも早く乾くという利点がいくつもありました。

ただ、子供は動き回るので蚊帳生地特有の粗目織はひっかかりやすいですし、粗目織なので縫製も工夫しないといけないといった難点もありました。

それでも試行錯誤を繰り返し、やっと1年半で販売にこぎつけました。

──初めて目にする「蚊帳の服」、お客様の反応はどうでしたか?

林田さん:蚊帳生地の風合いの良さは洗いを重ねることで出てくるので、その良さを伝えるのはなかなか難しかったです。力がかかりすぎると生地が裂けてしまうこともあるので、ボトムスは自転車に乗った時に股の部分が裂けてしまったといった理由で返品されたこともありました…。でも、そういった経験やお客様の意見は、今の商品開発に役立っています。

蚊帳の生地は伸びないので、その分たっぷりと生地を使って着心地を良くしています。ゆったりとしたシルエットとそのやわらかな肌触りは他の生地や服にはない大きな魅力だと思いますので、蚊帳の服をつくり始めてよかったと思っています。

どうしたら実現できる?2年もかかった蚊帳のアップサイクル服の「marrow(メロー)」の商品化

──そんな蚊帳の服をアップサイクル(※)して作られたのが2023年からスタートした「marrow」ですよね。どんなきっかけで「marrow」が生まれたんですか?

(※)アップサイクルとは古くなったものや廃棄品に新たな価値を加え、まったく違うものにすることです。「アップ」という言葉のとおり、元のものよりも高い付加価値が付くという意味合いもあります。

林田さん:蚊帳の服はふきんなどの雑貨と違って大きな面積の生地を使いますし、蚊帳生地を裁断した際には残布が多く出ます。蚊帳の服を作れば作るほどこの残布が出てしまい、最終的にはお金を払って業者に燃やしてもらい廃棄してもらう方法しかなく、非常に悩んでいました。一緒に仕事をしていた創業者である母も廃棄問題は非常に重く感じており日頃から話をしていたのですが、とある日、具体的に方法を探そうとなったんです。

まったく手掛かりもないまま、どうやったら残布を再利用できるのかと調べる日々が続きました。取引先や業者に聞いて回ったり、地元奈良の産業センターや兵庫の業者など本当にたくさんの方に聞いてみたりしていたところ、半年くらい経ったころにアップサイクルを研究している大学の先生に出会ったんです。それからさらに1年半かけて「marrow」ができました。

──2年もかかってできた「marrow」ですが、どんな魅力がありますか?

林田さん:これまでの蚊帳の服は軽い着心地で春夏向けです。一方で「marrow」は生地を二重織りにすることで生地と生地の間に空気を含み生地自体に厚みもあるので秋冬に向いた蚊帳の服になります。アップサイクルの生地なので、面白味のあるというのも魅力です。

「marrow」の良さは、洗うほどにふんわりしますし「しぼ感」も出てきます。蚊帳の服にご興味にいただけるのであればぜひ「marrow」を手に取っていただきたいです。来シーズンは誰もが着やすいアイテムに改良をしていく予定です。

──アップサイクルと言えば、「裂き織」という技法を使ったエシカルなバッグの展開もありますよね。裂き織はどういったアップサイクルなんですか?

林田さん:裂き織は「marrow」をスタートする前から扱っています。裂き織の製品自体は10年ほど前に麻で作ったことがあったのですが、ひとつひとつ手作りなのでどうしてもコストがかさんでしまい断念せざるを得ませんでした。その後もずっと手織りでものづくりしてくれる先を探していたんです。

ある時展示会で、岩手県で「裂き織」を手掛けている「幸呼来(さっこら)Japan」さんとの出会いがあり、いまはそちらで蚊帳の残布を使った裂き織生地の製作をお願いしています。

──「裂き織」は手間のかかる物なんですね。どういった物なんでしょうか?

林田さん:江戸時代中期に東北地方で生まれた技法で、使い古した布を捨てずに新たな生地の一部して活用する織り方です。丁寧な手仕事で、色や柄の出具合が1点ずつ異なるので、その生地の表情を楽しめます。

──裂き織を作る「幸呼来(さっこら)Japan」さんは伝統技法で製品を作り、就労支援もしている会社なんですよね。

林田さん:そうなんです。会社に伺ったことがあるんですが、一軒家の中で健常者と障がいを持つ方がうまくコミュケーションを取りながら、ものづくりをされているのが印象的でした。製品としての質にも真摯に向き合っていて、福祉の部分で社会的な応援ができることと質の高いものづくりがお任せできるということで今も製作をお願いしています。

資源も伝統も大切にしたい、企業としての責任

──井上企画・幡さんのカタログを拝見していると、サーキュラーエコノミーというキーワードがありました。製品を作るうえでどうしても出てしまう残布をアップサイクルしてつくる責任を果たそうと努力されているんですね。

林田さん:服の廃棄問題は深刻で、日本でも今後より一層その責任をメーカーが果たす必要性が高まってくると思います。今後は井上企画・幡で購入いただいた蚊帳の服を店頭でお客様から回収し、その生地をアップサイクルして製品にしたいと思っています。

素材を何度も再生して資源を守り、廃棄などによる環境汚染にならないようにできるだけ自社の中で資源を循環していきたいと考えています。

──なるほど、資源の循環利用をいろんな方法で実践し始めたところなんですね。

林田さん:あとは弊社の商品の原点でもある奈良の伝統ある奈良晒については、「もの」はもとより「奈良晒」という言葉が途絶えてしまうのではないかと危惧しています。沖縄の芭蕉布のように伝統をきちんと残していけるようにと、まだ構想段階で、時間がかかるプロジェクトですが、何とか形にしたいです。

──奈良の伝統を守るということは、日本の伝統も守るということですね。資源を守るだけでなく、伝統産業や手仕事の技術を残そうとする貴社の取り組みをぜひ応援したいです。今日はお時間をいただきありがとうございました。

BAN INOUE (井上企画・幡)

綿100%で洗えば洗うほど風合いが良くなる蚊帳生地のアイテム。生活を彩り、心地よい天然素材が上質さを与えてくれます。伝統や資源を自らの手で守ろうと取り組む「BAN INOUE (井上企画・幡)」の商品をぜひ手に取って見てください。